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Archive for the ‘台湾’ Category

ざくろの季節になりました

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仕事を終えて家に戻ると、食卓の上にざくろがあった。「もうそんな季節か」と感慨深いが、ざくろの横にメロンも置いてあって(しかもこれが甘くておいしい)、夏なのか秋なのかよくわからない気分にさせられる。夏と秋のちょうど境目ということなのだ。カブールは秋が短いので、秋の到来はほどなく冬がやってくることを知らせている。

ざくろについて書いた有名なペルシャの詩があったと思うんだけど、見つからない。その代わり、万楚という唐代の詩人が詠んだ「五日観妓」という詩を見つけた。でもよく読むと、この詩は五月の新緑のころ、紅い花を咲かせているざくろに着想を得て詠まれた詩なので、いま鑑賞するには季節はずれ。

さらに台湾に「柘榴」という名前の鉄道駅があることを知る。2012年に建てなおされたという駅舎が、台湾なんだけど日本の田舎を思い出させるような雰囲気。駅ができたのは1905年ということなので、これは(日本統治時代の)最初の駅舎を復元したものかも知れない。

また台湾へ行きたくなってきた。いますぐ行きたい。

Written by Flowllah

September 15, 2013 at 15:31

台湾の女子学生制服マップ

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絶対永久保存という厳命でしたので、従わないわけにはいきません。

金門・馬祖にも女子高があった、ということに不意打ちを食らったような衝撃を感じる。冷静に考えてみれば高校くらいあって当然なんだけれど、金門島や馬祖島でもごく普通の暮らしが営まれているということを想像したことがなかったのだ。これはますます、金門・馬祖に行ってみる必要がありそうだ!この女子学生たちをもってすれば、福建省沿岸部に対する和平演変も容易だろうと想像する。

名門「北一女中」つまり台北市立第一女子中学校、かつての臺北高女、の制服が緑色だったというのも知らなかった。勉強不足だ。もっと学習して正しい思想を身につけねばなるまい。そういう思想学習なら寝る時間を惜しんででも頑張ります。

臺北高女は台湾が日本の植民地となってからわずか9年後の1904年の創立。当初から女学校だった。当時の総督は児玉源太郎だったが、軍人としての職務(日露戦争)に忙しかった彼は総督としての実務をほとんど後藤新平にまかせていたので、臺北高女も後藤新平のプロジェクトだったのかも知れない。臺北帝大の開学が1928年だったことを考えると、その先進性が窺い知れる。

それにしても卒業生の錚々たる顔ぶれ。「橄榄树」の三毛もこの学校の出身だったのか。龍應台もこの学校だと思っていたけど、調べてみたら彼女は台南女中でした…。

また台湾へ行きたくなってきた。いますぐ行きたい。

Written by Flowllah

June 6, 2013 at 13:57