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Archive for the ‘映画・ドラマ’ Category

「Zero Dark Thirty」

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「Zero Dark Thirty」Kathryn Bigelow 監督(米国, 2012年, 157分)

今年の春先あたりに日本でも話題になっていた映画を見た。見終わった感想は「重い」。そう感じる理由はいくつかある。まず、ビン・ラディンの暗殺から二年しか経過しておらず、フィクションとして見るにはあまりにも出来事の記憶が生々しいこと。冒頭に「これはたくさんの関係者への取材を元にしたフィクションです」という断り書きが入るのだけれど、フィクションとノンフィクションの境目が分からない作りなので、フィクションとして割り切って鑑賞することが難しいのだ。

作戦が成功してビン・ラディンの追跡を担当していたCIA職員がアフガニスタンを去るところで映画は終わるのだが、これは終わりではなく、なにか得体の知れない深くて暗い次の物語の始まりに過ぎない、という印象を観ている者に与える作りになっている(ような気がする)のも、この映画を重たく感じる理由だ。

さらにアフガニスタンやパキスタン勤務を経験した者にとっては、作中に出てくる風景や風俗、または実際に起こった事件(たとえば2005年のイスラマバード・マリオットホテルの爆破)の記憶が鮮烈に蘇ってくるため、なおさらフィクションとして見られない重たさがあると思う。

ところで、ある出来事の記憶が風化する前に、その出来事に限りなく近いフィクションに仕立てて映画にしちゃう、というのが最近の流行りなのだろうか。サッチャー元首相を題材にした「the Iron Lady」(2011年)も認知症になった「鉄の女」の日常を「フィクション」として映画にしていたが、公開当時は本人がまだ存命中だっただけに、その手法に私は違和感というか抵抗を感じたけれど、今回の映画にも同様の抵抗を感じた。一方で、イラクで捕虜になった米兵が解放されて英雄として母国に帰還したところから始まる Home Land というアメリカの連続ドラマは、物語の背景は現実だけれど登場人物が実在しないので、テーマは同様に重いのだけれど、それなりに「作り話」として楽しめるようになっている。

と言いつつも、実際の出来事から二年しか経過していない時点でこのような映画を作ってしまうアメリカの映画業界の懐の深さというか、鬼気迫るほどの凄みを感じるのも事実。日本の映画業界が福島の原発事故を題材とした映画をいまの時点で作れるか、というと、できっこないのである。この映画はとても抑制のきいた作りになっていて、ビン・ラディン殺害直後にアメリカの主要な新聞・雑誌に見られたような安易なヒロイズム、単純な勧善懲悪的愛国心を煽っていないところに、懐の深さを感じるのだ。

おすすめできる映画だけれど、見る人によってはしばらく呆然としてしまうような、強烈な作品。

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(UBL 殺害直後の北京の街角にて)
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Written by Flowllah

June 5, 2013 at 15:30